国家賠償請求訴訟のコーナー
☆次回、中国残留邦人の国家賠償請求訴訟は2005年7月4日(月)に開催されます。
3人の原告本人・元中国残留婦人の本人尋問が、終わりいよいよ次回口頭弁論において結審することになりました。判決はまだ先になりますが、3年半にもわたる第一審がようやく終結することになりました。是非とも多くの方の傍聴をお待ちしております。
1.日 時:2005年7月4日(月)10時00分から10時30分(終了後、報告集会も実施します)
2.場 所:東京地方裁判所 6階 第611号法廷
☆中国残留邦人の国家賠償請求訴訟が2005年3月7日(月)に開催されました
2人の原告本人・元中国残留婦人の本人尋問に続き、もう一人の原告中国残留孤児も証言台に立ちました。日中国交回復後、ようやく日本に帰国したものの政府の対応が不十分であったため、自ら支援団体を立ち上げ、これまで多くの中国残留邦人の帰国や生活支援に取り組んできました。まさに歴史の証人として、敗戦後の混乱、中国に残留させられた経過、帰国後の政府の支援の欠如を語りました。
☆2人目の中国残留婦人の本人尋問が行われました〜中国残留邦人の国家賠償請求訴訟(2005年2月7日)
前回の原告本人・元中国残留婦人の本人尋問に続き、二人目の元中国残留婦人が証言台に立ちました。文字の読み書きもできず、中国で本当に帰国のすべを持たなかった悲劇的な状況に傍聴席では涙を流す方の姿もありました。対して国側の質問は稚拙で、裁判からの指摘で撤回する場面もありました。
☆中国残留婦人・鈴木則子の本人尋問が行われました〜中国残留邦人の国家賠償請求訴訟(9月27日、11月10日)〜
今回は、訴訟から3年近くたって、ようやく原告の中国残留婦人である鈴木則子さんの本人尋問が行われました。鈴木さんは、弁護士の質問に対して、落ち着いて堂々と答えていました。特に、満州に渡る事情、満州での生活、ソ連参戦後の逃避行を中心に迫真のやりとりが行われました。
→ 傍聴した味岡尚子さんの法廷レポートです。是非、ご覧下さい。
●2003年7月24日、国家賠償請求訴訟第10回口頭弁論が開かれました。
●2003年5月26日、国家賠償請求訴訟第9回口頭弁論が開かれました。
●2003年4月14日、国家賠償請求訴訟第8回口頭弁論が開かれました。
●2003年2月17日、国家賠償請求訴訟第7回口頭弁論が開かれました。
●2002年12月25日、国家賠償請求訴訟第6回口頭弁論が開かれました。
●中国残留邦人の国家賠償請求訴訟ニュースNo.3(2002.12.1)
●2002年10月30日、国家賠償請求訴訟第5回口頭弁論が開かれました。
●2002年9月9日、国家賠償請求訴訟第4回口頭弁論が開かれました。
●2002年7月8日、国家賠償請求訴訟第3回口頭弁論が開かれました。
●2002年5月26日、国家賠償請求訴訟第1回説明会を開催しました。
●2002年5月13日、国家賠償請求訴訟第2回口頭弁論が開かれました。
●中国残留邦人の国家賠償請求訴訟ニュースNo.2(2002.3.20)
●中国残留邦人の国家賠償請求訴訟ニュースNo.2(中文訳)
(PDFファイル)
●2002年2月20日、国家賠償請求訴訟第1回口頭弁論が開かれました。
原告団意見陳述要旨
●中国残留邦人の国家賠償請求訴訟ニュースNo.1 (2002.1.10)
●中国残留邦人の国家賠償請求訴訟ニュースNo.1(中文訳)
(PDFファイル)
●中国残留邦人(「中国残留孤児」「中国残留婦人」等)の国家賠償請求裁判提訴にあたっての声明(2001.12.7)
●『中国残留邦人(「中国残留孤児」「中国残留婦人」等)の国家賠償を求める訴訟をすすめる会』設立趣意書(2001.11)
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→
●特別寄稿 「メッセージ この裁判を死者も見守る」 坂本龍彦
報 道
2001.12. 8 Mainichi 中国残留孤児、国を提訴 「保護怠った」と慰謝料請求--東京地裁に 2001.12. 8 Mainichi 中国残留孤児、国を提訴 背景に老後不安や孤立 2001.11.29 Mainichi 「帰国遅れは国の責任」永住の中国残留孤児ら8000万円賠償求め提訴
新聞記事(PDFファイル)
2001.11. 29 朝日新聞 朝刊 残留孤児ら政府提訴へ 2001.11. 29 朝日新聞 朝刊 動かぬ国に「最後の手段」 2001.11. 29 愛媛新聞 朝刊 中国残留孤児 国提訴へ 2001.12. 8 毎日新聞 朝刊 残留孤児が国を提訴 2001.12. 12 愛媛新聞 朝刊 社説 残留孤児、国を訴え
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