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今夜の番組チェック

 中国帰国者の会 


鈴木則子会長  「大地の子」の物語をみなさんはご存じですか。これは当時、満州の開拓のために大陸に出向いたものの、ソ連参戦などの悲惨な戦渦に巻き込まれ、長い間、自分のアイデンティティを確認できずに中国で生き抜いてきた日本人の話です。彼/彼女らの多くは、祖国日本に帰って、日本社会の中で普通に生活することを強く望んでいます。その当然の願いは自然に受け入れられてよいはずですが、未だに多くの困難と問題を伴っています。
 中国帰国者の会は1982年に残留婦人の鈴木則子会長ら10数名で産声を上げ、現在では1,000名以上の会員や支援者の協力を得て、帰国者支援の活動を続けています。
 私たちは、二度と残留孤児を生み出さない社会、帰国者の皆さんが「本当に帰ってきて良かった」と思える社会を目指しています。
鈴木則子会長


◆中国残留邦人国家賠償請求訴訟における弁護士費用に関する報道について(2008年7月10日)

 「中国帰国者の会」では、2001年12月に提訴された3人の元残留婦人等を原告とした国家賠償請求訴訟(現在上告中)を支援しています。この訴訟は失われた人権を回復し、新しい施策を求める市民運動の一環として行なわれており、原告と弁護士・支援者が一体となって訴訟活動をしています。したがって、弁護士費用は、当初より今後も一切請求されることはありません。


7月12日(土)、三鷹市で講演「中国残留邦人問題とは何か〜地域の中でできること〜」を開催します。

 昨年11月に中国残留邦人支援法が成立し、不十分ながらも新支援策ができました。地域支援事業については今年4月から各自治体で実施されています。そしてその中には地域支援ネットワークをどのように作っていくかという地域の課題が盛り込まれています。
 今回はその地域支援事業として、中国残留邦人問題の歴史の事実と問題性について元中国残留婦人の鈴木則子さんがお話します。そして二度と中国残留邦人のような存在を生み出さないためにはどうしたらいいか、現在の問題として考えたいと思います。
また、帰国者の方々は現在、具体的にどのような問題を抱えているのか、同じ地域に暮らす方々と何ができるのかを一緒に考える機会にしていきたいと思います。どうぞご参加ください。

 ★日時:2008年7月12日(土) 午後1時30分〜4時

 ★場所:三鷹公会堂別館1階 第1会議室

 ★お話:元中国残留婦人 鈴木 則子
      弁護士 石井 小夜子


 ★後援:三鷹市・三鷹市社会福祉協議会

四川省大地震被災者へのご寄付のお願い(緊急)

 
中国四川省では、5月12日に発生した地震によって、多くの人が被害を受けました。私たち中国残留邦人は、敗戦後の混乱期において、中国の人びとに助けられ、育てられ、生きながらえることができました。もう一つの祖国として暮らした中国で、多くの人びとが苦しんでいる姿を知り、心を痛めております。決して見過ごすことができず、皆様に呼びかけさせていただきました。

 今回、中国帰国者の会として募金を行ないます。わずかでも結構ですので下記の振込先にご寄付をお願いします。皆様の善意については責任をもってお預かりし、日本赤十字社に託し、四川省へ届けていただきます。募金の結果は後日、ホームページ上でご報告させていただきます。皆様のご協力をお願いいたします。

  郵便振込口座番号:00140−8−25052 (加入者名:中国帰国者の会)

◆「憩いの家」を実施しています〜高齢者の居場所作りを目指して〜

 言葉や生活習慣の違いから家にこもりがちで、話し相手の少ない高齢帰国者の皆さんのための活動として「憩いの家」を立ち上げました。2007年9月20日に第1回を行い、その後、毎月、三鷹市の「みたかボランティアセンター」の3階で開催しています。帰国者仲間やボランティアと思いを伝え、喜びを共有し、生きがいが得られるような交流の場、憩いの場作りを目指しています。次回の開催日時は以下の予定です。ボランティアの方を募集していますので、お手伝いをいただける方はご連絡ください。

  ○日時:2008年7月19日(土) 12〜15時
  ○場所:みたかボランティアセンター 3階

  お茶と話で楽しいひととき 懐かしい歌を皆で合唱 中国将棋を指す老紳士  今月の誕生日の方で記念撮影


◆「不忘(わすれず)のつどい」の開催〜直木賞作家・井出孫六さんの講演会を実施〜

 2008年4月12日、東京都調布市の延浄寺(えんじょうじ)で「不忘(わすれず)のつどい」を開催し、直木賞作家の井出孫六さんの講演会を行ないました。井出さんは3月19日に岩波新書から『中国残留邦人−置き去られた六十余年』を出版されました。本の紹介には「“国策”で送り出され、敗戦により中国に置き去りにされた人々。彼らはなぜ祖国を相手に訴訟を起こしたのか。国とは果たして何なのか?度重なる「国家の怠慢」の全貌を負い、それに翻弄され続けてきた人々の人生をたどる。」とあります。休日にも関らず100名近い方にご参加頂き、なぜ中国残留邦人は訴訟を起こしたのか、多くの方に知っていただきました。

  直木賞作家の井出孫六さん 熱心に講演をする井出さん
多くの方が熱心に聴きました 
『中国残留邦人−置き去られた六十余年』

井出孫六 著
岩波新書
2008年3月19日発行
740円+税


◆会報(2008年4月6日号)を発行しました。

 会報を発行しました。内容は、4月1日から始まった新たな支援策の内容と当会の取り組み、「不忘の碑」の建立、「不忘のつどい」の開催などです。全文はこちらでご覧下さい。 → 会報(2008年4月6日号) (PDFファイル、432KB)

◆2008年4月1日から始まる新支援給付と中国帰国者の会の対応

 2008年4月1日から本格に施行された新支援法制定は、国が責任を認めた補償ではなく、その意味で不十分なものです。しかし、新支援法は、中国残留邦人の国家賠償請求訴訟に端を発するものであり、中国残留邦人に対する援護施策の再スタートを意味します。当会では新支援法の学習をしながら問題点も検討し、できるだけ問題点を解消し、よりよいものにしていくべきだと考え、活動してきました。

   → 法律:「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律」
   → 政令:「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律施行令」



 新支援給付は自治体が実施機関であり、また地域支援に関しては自治体における裁量に任されています。当会はこれを充実させ、かつ、対象者がもれなくこの支援を受けられるよう自治体への積極的な働きかけをし、かつ自治体への協力を申し入れてきました。その結果、自治体職員の問題意識が深まり、支援対象者があらたにみつかり、適切な支援・相談員を採用してもらえるなど、成果もみられています。新支援をより充実させるため、今後も自治体への働きかけを続けます。また、この支援策を受けるための申請書記入のお手伝いもしてきました。


    ○2007年11月4日、東京都知事、自治体首長へ送付した「中国残留邦人『新支援策』の運用についての要望」
   
○2008年3月12日、東京都へ提出した新支援法運についての要望書
   ○2008年3月14日、自治体に送付した「中国残留邦人『新支援法』に基づく運用についての要望」


   上記の要望書など、これまでの対応の概要はこちらのページをご覧下さい →  中国帰国者の会の新支援給付に対する対応 


    (参考)新たに始まる支援策の内容 → 厚生労働省のホームページ 

  2007年11月19日
  清原慶子三鷹市長(中央)
  に要望書を提出
  2007年11月20日
  関口博国立市長(左から2人目)
  に要望書を提出
 


◆中国残留邦人のニュースブログを立ち上げました。

 中国残留邦人のニュースを集めたブログ・中国残留婦人問題を考える会を立ち上げました。昨年から今年にかけて、中国残留邦人の訴訟、国の制度改正など大きな動きが起こりました。当会では報道されることの多い中国残留孤児問題だけでなく、中国残留婦人問題にも注目し、同様の取り組みを行なっています。

◆第23回中国帰国者日本語学習発表会を開催しました。

 2008年3月2日、第23回中国帰国者日本語学習発表会が代々木オリンピックセンターで東京セントラルライオンズクラブの主催で行なわれ、他の日本語学校各教室と協力して開催しました。学習者にとっては日本語を発表できる良い機会であり、この日を目指して練習を行なってきました。当会以外の発表者も含めて16人が参加(内、当会の後楽園教室4人、国立生活相談室4人)しました。小さな子どものかわいらしい発表から、高齢の方の真剣な意見発表まで、帰国の時期、年齢、学習期間もさまざまですが、それぞれが一生懸命発表を行ないました。

  発表前の会場の様子 発表の様子
表彰式  終了後、全員で記念撮影


◆「不忘(わすれず)の碑」が建立されました。

 2007年12月22日、東京都調布市の延浄寺(えんじょうじ)に「不忘(わすれず)の碑」の除幕式が開かれました。この碑は、東京都国立市在住の赤塚頌子さんが、中国残留婦人・鈴木則子会長のインタビュー記事を読み、この歴史的事実を忘れず、もう二度とこのような道を歩ませられないように、私たちみんなにとっての道しるべにしようという趣旨で建立してくださいました。碑文には次のように刻まれています。


   國に従って
   国に棄てられた人びとを
   忘れず 
   ふたたび 
   同じ道を歩まぬための
   道しるべに               
             中国帰国者の会 鈴木則子

 両袖の石には国策により送り出され、国によって棄てられた中国残留邦人について、そして鈴木会長の言葉が刻まれています。
―私たちのような“中国残留婦人・残留孤児”などと呼ばれる存在は、二度と生み出されてはなりません。もう決して、このようなことが繰り返されないために、私たちの体験・事実を伝えたい−
―知ってほしいのは悲惨な体験をしたことだけでなく、権力に対して疑問や批判をもたない危なさ・怖さです−

 「不忘(わすれず)の碑」の前で
 (左から2番目が赤塚さん)
 「不忘(わすれず)の碑」建立記念講演会で

◆各地域で忘年会を実施〜中国残留邦人の居場所づくりと地域との共生を目指して〜

 2007年12月16日、国分寺Lホールを借りて多摩支部忘年会を、12月23日(日)には三鷹市公会堂別館を借りて三鷹支部忘年会を実施しました。中国残留邦人の居場所づくりと地域との共生を目指して毎年実施しています。

多摩支部の忘年会 三鷹支部の忘年会


◆世田谷区の「雑居まつり」に参加しました


 2007年10月7日、世田谷区立羽根木講演で開催された「雑居まつり」に参加しました。地域で活動する多くの市民団体が参加するお祭りで、中国帰国者問題を知ってもらうために、中国の伝統的な踊りである「秧歌(ヤンガー)踊り」を行い、広報紙を配布しました。地域との共生を目指して今後も活動を行なっていきます。

中国の伝統的な踊り「秧歌(ヤンガー)踊り」を行なう

◆「みたか平和のつどい」で写真展を開催しました。

 2007年8月15日、三鷹市主催の「みたか平和のつどい」で、写真展を開催しました。このイベントは、毎年三鷹市からの要請で参加しているもので、今年は中国残留婦人の写真を中心に展示しました。戦争を風化させず平和を守り続けるための活動も行なっていきます。

残留婦人や開拓団の写真を展示 熱心に展示を見る参加者

◆不当判決、中国残留邦人国家賠償請求が請求棄却
   
〜2007年6月21日、初の控訴審判決で国の責任認めず〜

 2007年6月21日、東京高等裁判所は3人の中国帰国者が起こした国家賠償請求訴訟で、控訴審としては初めての判決の言い渡しがありました。判決は、早期帰国実現義務及び自立支援義務についていずれも政治的責務とし、それらは広範な裁量に委ねられているとして、原判決が認定した事実や評価を大きく後退させ、棄却した極めて不当な判決が下されました。今後は上告に向けて準備を進めます。

                        → 
裁判所が作成した判決要旨(テキスト) (PDF版)
判決後の報告集会 判決後の記者会見

中国残留邦人国家賠償請求訴訟弁護団による声明

 本日、東京高裁において、中国残留邦人国家賠償請求訴訟の控訴審判決が下された。
 本件の第一審東京地裁判決(原判決)は、私たちが主張する事実について概ね認め、歴史的経緯においても踏み込んだ認定を行い、「中国残留婦人は自己の意思で残ったものではない」「他の戦争被害者と異なる特殊性がある」として、従前の国の主張を退けた。また、これまでの国の施策の不備や遅れを多岐にわたり指摘し、早期帰国義務・自立支援義務について国に政治的責務があったとし、数々の不作為等を認定した。しかしながら、国家賠償法上の作為義務について極めて狭く解し、「違法とするには今一歩届かなかった」として請求を棄却した。この原判決は、法的責務であるものを政治的責務と誤ったばかりか、数々の国の不作為等の行為を指摘しながら「政治的責務」で逃げ、司法の役割を放棄した。その不当を正すため、原告らは控訴したものである。

 原判決は結果として請求棄却としたが、判決において「自立支援策は極めて不十分」等、多岐にわたる国の政治的責務に言及して、この問題の立法・行政における解決を要請していた。控訴後本日までの間、「中国残留邦人問題」の深刻さについての認識が広まり、政治・行政の動きが出ている。現段階で伝えられるこれらの支援策は、本質的な解決になるものとは到底思えないが、それでも「中国残留邦人問題」の深刻さを省みる動きといえる。

 しかしながら、本控訴審判決は、こともあろうに、早期帰国実現義務及び自立支援義務についていずれも政治的責務(仮に法的責務としても)とし、それらは広範な裁量に委ねられているとした。そして、本件においては、その裁量に明らかな逸脱はないとして、原判決が認定した事実や評価を大きく後退させ、棄却した極めて不当な判決である。中国残留邦人の苦しみを何ら理解しないし、しようともしないものである。

 この判断の上に、判決言い渡しの最後に、付言として、現在の給付金制度の創設の動きに言及したが、これは司法の役割を放棄したものである。

 本件は、国の政策の誤りを問い、中国残留邦人の人権回復のための裁判である。中国残留邦人が、日本敗戦時からの長期にわたり、日中両国の地で翻弄され、肉親との軋轢、言葉・文化の壁、一切の生活基盤の喪失状態からの自立定着など、幾多の困難を背負わされている現状を何ら顧みようとしない今回の判決は、中国残留邦人の時計の針を敗戦時の混乱時に逆戻りさせるに等しいむごいものであり、到底受け入れられない。直ちに上告を準備したい。

 今日、高齢化というまさに時間との闘いに置かれているのが中国残留邦人問題である。
現在、国は中国残留邦人への支援策を検討している最中である。今回の東京高裁不当判決によるのではなく、神戸地裁判決や(請求棄却は誤りであるが)高知地裁判決、さらに(政治的責務とし、請求棄却にしたのは誤りであるが、事実判断はほぼ正しい)本件原判決に示されたように、「中国残留邦人問題」に正しく向きあい、全面的解決のための支援策を構築すべきである。

 わたしたちも、今後、さまざまな側面から、一日も早く、中国残留邦人問題の全面解決に向けて活動の展開を強めていくことを決意するものである。


◆抜本的な解決を目指して、国に対して積極的にはたらきかけを実施
 
 全国各地で中国残留邦人の訴訟が続き一部では勝訴判決も出されたことから、総理大臣は厚生労働省に援護策を見直すよう指示を出しました。しかし、報道機関などを通じて知らされた作成中の施策では問題の抜本的な解決にはほど遠い内容となっています。現在、厚生労働省は有識者会議を開催し施策の作成を行っていますが、当会としても、直接、厚生労働大臣、厚生労働省大臣官房審議官、与党プロジェクトチームなどを訪問し、中国残留邦人問題の現状と抜本的解決についてはたらきかけを行っています。


 ●2/9、総理大臣、厚生労働大臣宛に鈴木則子(元中国残留婦人)が提出した要望書

 ●3/8、総理大臣、厚生労働大臣宛に当会理事長名で提出した要望書

 
5/17、中国残留邦人への支援に関する有識者会議に当会理事長名で提出した要望書

・国が開催している「中国残留邦人への支援に関する有識者会議」について


 現在、厚生労働省は施策を審議するため、「中国残留邦人への支援に関する有識者会議」を開催しています。当会も毎回傍聴を行い、その審議内容を注視しています。開催日程などは厚生労働省のホームページに掲載されていますので、是非傍聴にご参加ください。

  第1回 有識者会議 傍聴記(2007年5月17日)
 
  第2回 有識者会議 傍聴記(2007年5月21日)


  第3回 有識者会議 傍聴記(2007年5月30日)

  次回の「中国残留邦人への支援に関する有識者会議」の開催について
     1 日時 平成19年6月12日(水)16:00〜18:00
     2 場所 厚生労働省「専用第17会議室」
         ( 東京都千代田区霞が関1−2−2 中央合同庁舎第5号館16階)

  厚生労働省のホームページに有識者会議の資料が掲載されています
 
    第1回開催について(2007年5月17日)  第1回資料

    第2回開催について(2007年5月21日)  第2回資料

    第3回開催について(2007年5月30日)  第3回資料

    第4回開催について(2007年6月7日)

    第5回開催について(2007年6月12日)


◆中国残留孤児チャリティーイベントからご寄付をいただきました。

 2007年5月19日、文化人など有志による中国残留孤児チャリティイベントが開催され、当会はご寄付をいただきました。黒柳徹子様、なかにし礼様、田中眞紀子様の代表三人と、森光子様、渡辺貞夫様も参加され、久米宏様が司会を務めました。多くの方が参加され、その収益金を他の団体とともにご寄付としていただきました。皆様の善意をしっかり受け止め、中国残留邦人問題解決に向け使わせていただきます。ありがとうございました。

  → チャリティイベントの詳細は、実行委員の一人、前衆議院議員・弁護士 つじ恵オフィシャルサイト をご参照ください。


◆中国残留邦人の国家賠償請求訴訟の第二審が結審
〜6回の口頭弁論で国の責任を主張〜


・第2回口頭弁論(2006年9月14日)

 
原告からは控訴審においても中国残留邦人問題とは何だったのか、国の責任を明らかにするため証人申請をしましたが、国は却下を主張したうえ裁判の結審を求めてきました。第一審では引き伸ばしを図った国側でしたが、第二審では世間の盛り上がりを恐れてか、始まったばかりにも関わらず結審を申し出てきました。原告側は抗議のため強く証人尋問を求めましたが、裁判所は態度を保留しました。

・第3回口頭弁論(2006年10月19日)

 原告鈴木則子の本人尋問が行われました。たくさんの人が傍聴に来てくださり、法廷の外まであふれました。感謝申し上げます。鈴木さんは、帰国後のこと、女性特有の被害のことにも及び、傍聴した人だけでなく裁判所まで熱心に聞いていました。→ 鈴木則子の尋問の内容 (速記録、PDFファイル、1.48MB)

・第4回口頭弁論(2006年11月16日)
 書面の交換など簡単なやりとりで終わりましたが、多くの方で傍聴席がほぼ満席となりました。

・第5回口頭弁論(2006年12月21日)
 原告最後の意見陳述が行われるため100席以上の大法廷の傍聴席がほぼ満席となりました。原告の鈴木則子さん、西田瑠美子さんから自身の悲惨な体験、問題解決への訴えがなされた後、弁護士からあらためて中国残留邦人問題について指摘がなされました。

・第6回口頭弁論(2006年1月25日)
 今回は、中国残留「孤児」(終戦時13歳未満)だった原告の一人について、身元が判明しているので残留「婦人」であると国が主張してきました。これまで年齢によって援護策が分かれていたにも関わらず、急に主張を変えたことは場当たり的な対応をしてきたことを示しています。
 また、国側から前日の1月24日に100ページもわたる陳述書が届いたため反論のため期日の延長を求めました。残念ながら認められず控訴審は結審しました。

◆国家賠償請求の控訴審始まる〜国の責任を求め次のステージへ〜
 〜2006年7月6日11時、東京高等裁判所にて第1回口頭弁論〜


 2006年7月6日、中国残留邦人の国家賠償請求訴訟の控訴審が始まりました。平日にも関わらず多くの方に参加いただき、法廷の外にも人があふれるほど注目される裁判となりました。
 
控訴審は、原告から第一審に不満な点を示した控訴趣意書(全118ページ)を5月15日に裁判所に提出していたにも関わらず、国はわずか数行の控訴棄却の旨を記載した答弁書を提出したのみです。原告が5月15日に提出していたにもかかわらず反論の期日を8月まで引き伸ばし、裁判官にもあきれられるほど国の怠慢でのスタートとなりました。その後、原告の一人である元中国残留婦人の鈴木則子さんが意見陳述を行いました(以下に概要を記載)。

報告集会の様子、多くの方が応援に駆けつけた 原告3人(左3人)と石井弁護士(右)

◆原告:元中国残留夫人 鈴木則子さんの発言(要旨)


 切実な思いを聴いてほしいと思います。原告は3人ですが背後には多くの高齢化した中国残留婦人がいます。参加したくても出て来られない人も同じ思いです。背負って立つしかありません。私たちは二重三重と苦しめられてきました。なぜ苦しむのかは心に秘めてきました。これまでの生活を何とかしたい、私たちの気持ちを国が考えてください。願うばかりです。
 戦後60年が経過し、61年にかかろうとしています。中国残留邦人問題は未解決
のまま闇に葬られることに我慢できず、国に対して自分たちの権利の回復のため、自分たちの日本人としての権利と義務が与えれるよう念願しています。市民、社会人の多くに支えられながら、2001年12月7日に提訴しました。しかし、私たちは戦時中、お国のために働いてきたのです。60年の苦しみを持ちながら国に提訴するのはどんなにつらいことか、裁判官も察してほしいです。国に今一度、過去の歴史を振り返り、中国残留邦人の存在がなぜ生まれたのか、責任があるのではないでしょうか。4年間の裁判の中で苦しみました。

 2006年、判決が出ましたが、真実を内容的には確認してもらいましたが、違法には
一歩足りないというものでした。残念で無念でたまりませんでした。最後までお願いしないと救われません。どんな気持ちで戦場に捨てられ、戦火の中、九死に一生を生きてきたのか、中国でどんな思いで過ごしてきたのか。侵略者、加害者の一員として敵国で救ってくれた民家の人が家に入れることさえも周囲に気をつかいました。言葉も習慣も分からず苦しみながら、歴史が分かるにつれ苦しみました。羽根があれば飛んで祖国に帰りたい、いつかは国が迎えにきてくれる、無我夢中で生きてきました。待てど暮らせど知らせはなく、中国では情報もありません。

 国交回復して分かったのは中国残留婦人が援護対象外であったことです。なぜ
13歳以上は中国残留婦人で、12歳未満は中国残留孤児なのでしょうか。なぜ人権が与えられず、対象外として自分の責務を問われました。自分の意思で残ったとされたのです。情けなく思いました。それでもつつましく働いてきたのです。いま、高齢化し、二世、三世にまで及んでいます。生活は安定せず、介護も必要です。年老いて最後まで老後の不安のない安定した明るい生活ができることをどうか心の通う司法判断を出されることを常に祈っています。この裁判の中で一人ひとり聞いてほしいです。私たちは裁判の中で苦しんだこと、死んだ方がよかったと思うこともありましたが、生きてきたからこそこうして皆さんに知らせることができたという喜びもあります。この苦しみを裁判で訴えたい。時代が変わっても歴史は変わりません。裁判官、国の役員も私たちのことを理解していただき、宜しくお願いします。


◆「居場所」づくりを目指して   〜中国の歌や踊りで楽しむ〜

 2006年12月、中国残留邦人を招いて忘年会を開催しました。毎年恒例で行っているもので、今年も三鷹支部(12/17)、多摩支部(12/23)で盛大に行いました。中国語でのカラオケや中国東北地方の伝統踊りなどで盛り上がりました。日ごろの苦労を忘れ友人などと楽しめる場をつくることを目指しています。

サンタクロースから子どもにプレゼント 中国東北地方の伝統・ヤンガー踊り 子どもたちも一緒に踊りました


教育基本法改悪に反対します

 戦前、国は「愛国心」を育てる教育を行い、「五族協和」「東洋平和」の美名の下、中国満州へ国策として満蒙開拓団を送り出し、多くの方が犠牲になられました。戦後61年を経た今も、未だ問題の解決には程遠い状態です。残留婦人のどの方も、「お国のために」という強い思いで満州に向かわれたと言われます。戦後、教育が国策に利用されたことの反省から教育基本法が作られ、教育は何ものからも独立し、教育が国によって利用されることがないようになりました。しかし、その後、国は、臨時教育審議会や教育改革国民会議の設置、社会教育法の改悪によって、また地方自治体でも教育委員会公選制の廃止などを通して、国や地方自治体が教育への関わりが可能となるような態勢を着々と作り、今回の教育基本法の改悪により、国による教育への介入を加速させようとしています。そして、この教育基本法改悪案には、再び「愛国心」が盛り込まれているのです。
 私たちは、「NPO法人中国帰国者の会」の活動を通して、戦争がいかに長い間、何世代にもわたって影響を残し、そしてその根を深く広げていくかを見てきています。現在、会では婦人たちへの聞き取り調査を進めていますが、一度証言することを断られた方も、あのような戦争をしないために役に立つのなら、私たちのような者を二度と生み出さないためにと、辛い経験を私たちに話してくださる方も少なくありません。第2の残留邦人を作らないためにも、そして、悲惨な戦争を起こして、国民が再び利用されないように、犠牲にならないように、私たちは教育基本法の改悪に反対します。


◆「国に棄てられれるということ〜中国残留邦人問題を考える東部集会〜」
    〜2006年12月9日、中国残留邦人国家賠償請求訴訟の報告集会〜

 2006年12月9日、中国残留邦人の国家賠償請求訴訟の報告集会を江東区亀戸カメリアプラザで開催しました。東京都東部地域には多くの中国残留邦人が暮らしているため、地元区議会議員や区民からなる「中国残留邦人問題を考える」東部集会実行委員会と一緒に開催したものです。集会では、国家賠償請求訴訟の原告・鈴木則子さんら3人の中国残留邦人の体験談を、弁護団からの訴訟の内容等にについて講演しました。雨天にも関わらず多くの方が来場していただき、厚く御礼申し上げます。今後も各地で集会を開き、多くの方に問題の本質を理解いただくよう取り組んでいきます。

悪天候の中、多くの方が参加 主催者挨拶・中村江東区議会議員 元中国残留婦人の鈴木則子さん 弁護団の戸舘正憲弁護士


☆書籍「国に棄てられるということ〜『中国残留婦人』はなぜ国を訴えたか〜」発売
 当会が支援している3人の元中国残留婦人がなぜ国を訴えたのか、それぞれの半生を通して、何が問題なのか、現在の社会に問いかけています。執筆は、当会理事長で弁護士の石井小夜子と「祖国よ−『中国残留婦人』の半世紀−」(岩波書店)で世間に大きな反響を及ぼしたジャーナリストの小川津根子氏の共著です。岩波ブックレットから発売されています(税込み504円)ので、お近くの書店でお買い求め下さい。


◆「中国残留邦人問題を、いま、考ええる。世田谷集会」
    〜2006年7月9日、中国残留邦人国家賠償請求訴訟の報告集会〜

 
2006年7月9日、中国残留邦人の国家賠償請求訴訟の報告集会を世田谷区で開催しました。さる6日の控訴審を受けての報告集会で、今後も法廷が開かれるごとに地域での集会を開き、問題解決に向けた運動展開を行います。集会では、元読売新聞編集委員の小川津根子さんから「満州開拓と女性」についての基調講演の後、原告で元中国残留婦人の鈴木則子さんからの体験、登坂真人弁護士から訴訟についてを講演しました。会場は満席となり、会場からの発言もあり、全員で問題解決に向けて取り組んでいくことで気持ちが一つになりました。ご参加いただいた皆様には厚く御礼申し上げます。

悪天候の中、多くの方が参加 ジャーナリストの小川津根子さん 元中国残留婦人の鈴木則子さん 弁護団の登坂真人弁護士


  最新話題

★国家賠償請求の控訴審始まる
〜国の責任を求め次のステージへ
 〜
2006年7月6日11時、東京高等裁判所にて第一回口頭弁論〜

 2001年12月7日、鈴木則子さんら3人の中国残留邦人が国を相手に損害賠償請求を提訴し、それから4年半もの歳月を経て、ようやく今年2006年2月15日、東京地方裁判所にて判決が下されました。この裁判は、「中国から早期帰国させる義務を怠った」「帰国後に自立支援を行わなかったこと」について国の責任を求めていたものです。判決では原告側が主張していた事実をほぼ全面的に認め、国の政治的な責任を明確に指摘されたものの、賠償責任までは認められず、「請求棄却」という不当な判決となりました。
 この不当な判決に対し、全員が70歳を越えた原告は、無念の思いと落胆を隠せませんでした。3人は高齢における訴訟の継続がいかに大変かを覚悟のうえ、2月24日に控訴をし、このたび高等裁判所での第1回公判が開かれるに至りました。
 今回の判決を踏み台に、政府による謝罪、残留邦人に対する総合的な援護施策の立法化が1日も早く実現するよう、私たちはさらに働きかけていきます。また、多くの方が傍聴にご出席をいただくことで、社会的にも裁判官の心理的にもアピールをすることができ、何より3人の原告の力ともなります。ぜひ、ひとりでも多くの方の傍聴をお願い致します。

  ○日時:2006年7月6日(木)11時〜 
  ○場所:東京高等裁判所 813号法廷
  ○内容:当日は原告の一人で中国残留婦人の鈴木則子が控訴にあたって発言をします。
  ○備考:閉廷後、すぐに東京弁護士会館5階508AB室で報告集会も開催します。
◆「中国残留邦人問題を、いま、考える〜国家賠償請求訴訟から〜」
    
〜2006年5月6日、緊急集会を開催。問題解決に向け訴え〜

 
2006年5月6日、東京ウイメンズプラザで緊急集会「中国残留邦人問題を、いま、考える〜国家賠償請求訴訟から〜」を開催しました。集会は、第一部で鈴木則子さん(中国残留婦人、国家賠償請求訴訟の原告の一人)さんから戦時の逃避行や帰国についての体験談を話した後、第二部としてパネルデスカッション「中国残留邦人問題」とはを実施、パネラーとして庵谷磐さん((財)満鉄会専務理事・元中国残留孤児問題全国協議会会長)、小川津根子さん(ジャーナリスト・元読売新聞編集委員・元帝京大学教授)、石井小夜子さん(弁護士・裁判の弁護団)が歴史と現在の課題、今後の運動展開などを話されました。最後に会場からも力強い激励のメッセージや、中国残留婦人からの体験が話されたりと、参加者全員が問題解決に向けて気持ちをひとつにしました。
             
 
◆「請求棄却」、国の政治的責務を認定するも賠償を認めず
   
〜中国残留婦人の国家賠償請求訴訟に初の司法判断〜
 2006年2月15日、3人の中国残留邦人(中国残留孤児、残留婦人)が国に対して提起していた国家賠償請求訴訟に判決が下りました。判決は、国の政治的責務を認定したものの、国家賠償の請求を棄却するという極めて不当なものです。当然、承服できるものではなく、現在、控訴の準備を進めています。引き続きのご支援をお願いします。
          
          判決要旨のページ(HTML形式)

          判決要旨(5ページ)+判決全文(127ページ)(PDFファイル))

声  明
                                           2006年2月15日
                              中国残留邦人国家賠償請求訴訟弁護団

本日、東京地裁において、中国残留邦人国家賠償請求訴訟の判決が下された。
 判決は当方が主張する事実について概ね認め、国に政治的責務があったこととして認定したものの、国家賠償法上の作為義務について極めて狭く解し、結果として国には違法性がないとして、請求を棄却した極めて不当なものであり、深い悲しみと憤りを禁じ得ない。

今回の判決においては、「中国残留婦人は自己の意思で残ったものではない」「他の戦争被害者と異なる特殊性がある」と断じ、従前の国の主張を退け、また、これまでの国の施策の不備や遅れを多岐にわたり指摘し認定したり、歴史的経緯においても踏み込んだ認定を行うなど評価できる内容が含まれている。

しかしながら、国の早期帰国義務・自立支援義務について幅広い裁量論に立ったり、国のさまざまな不作為に対して国の政治的責務を多言することで、裁判所としての判断を避けており、中国残留邦人問題の本質をどこまでふまえて判断されたか深い疑問を持つ。こうした国の義務違反に対する今回の判断においては、昨年の大阪地裁の中国残留孤児集団訴訟の判決より後退したものといえ、その意味でも不当である。

なお、結果として、今回不当な判決が下されたが、裁判所が、判決において国の政治的責務を多言していることは、翻って、この問題が立法・行政においての解決を要請しているものと解され、国の中国残留邦人問題の解決に向けての責務は何ら減ぜられるものではなく、むしろ一層明確になったものといえる。

総じて判決は、中国残留邦人にとって厳しいものとして到底承服できるものではなく直ちに控訴を準備したい。同時に、今後、本日の判決内容を十分に吟味し、さまざまな側面から、一日も早く、中国残留邦人問題の全面解決に向けて活動の展開を強めていくことを決意するものである。

判決についての日本弁護士会連合会会長の談話


「道なき帰路」中国残留婦人記録集の発行について(2003年6月7日)

   
「道なき帰路」


会報 NO.44(2002.5.10)ホームページ版


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